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NRF 2026 APAC視察レポート:AIが購買を変え、人が価値を高め、文化が需要をつくる

2026/07/17

こんにちは!New Commerce Venturesの大久保です。

今回は、2026年6月にシンガポールで開催されたアジア最大級のリテールイベント「NRF 2026 APAC」に参加してきましたので、現地のセッション・展示・店舗視察から見えたトレンドをレポートします!

NRFは1月の米国(NY)を筆頭に、アジア、ヨーロッパと年3回開催されるリテール特化のグローバルイベントです。本家NYが参加者4万人超という世界最大級の規模であるのに対し、APACは参加者9,000人超・参加国70カ国・2,500以上のブランド・展示ブース260超と約4分の1の規模ながら、今年で3回目の開催と存在感を増しています。小売・ブランドだけでなく、テクノロジー、決済、広告、エンターテインメント、スタートアップなど、コマースを構成する幅広いプレイヤーが集まるのが特徴で、日本人参加者も全体の1割弱を占めていました。

今年の全体テーマは「The Next Now」ー将来に起こることは、まさに今起きているーでした。。私たちは全キーノートを含む約37セッションに参加し、そこで語られた内容を5つのトレンドに整理しました。

ちなみに、参加したセッションの頻出キーワードを集計すると、1位は圧倒的に「AI活用」。「AIに触れない会話はない」と明言する登壇者もいたほどでした。一方で「顧客体験」「文化的関連性・ストーリーテリング」「信頼」も上位に入っており、AIの対極にある人間的な価値が同じ熱量で語られていたのが今年の特徴です。1月のNRF NYで私たちが総括した「Agentic Shift × Human Premium」という消費の二極化が、APACでさらに深化した印象です。そして今回のNRF 2026 APACは下記5つのトレンドの切り口でご紹介していきます!

Trend 1:Agentic Commerce——消費者接点が「検索窓」から「AIとの会話」へ
Trend 2:AI-ready Infrastructure——「あなたの次の顧客はエージェント」
Trend 3:Human Premium Store——店舗の価値は人間的体験、AIは裏方
Trend 4:Culture & IP Commerce——AIが買いやすくするほど、「なぜ欲しいか」は文化がつくる
Trend 5:Commerce Media & Monetization——接点・データ・体験を収益化する

上記5つのトレンドは単なるキーワードの羅列ではなく、「①AIとの接点をつくる→②AIが動ける基盤を整える→③店舗と人が価値を高める→④文化やIPで需要をつくる→⑤蓄積した顧客接点・データ・ノウハウを収益化する」という、ひと続きの変革プロセスになっています。

前提:APACは「これから伸びる市場」ではなく「世界が学びに来る実験場」

オープニングセッションでは「APACは2035年までに消費規模36兆ドルに達し、北米を抜いて世界最大の消費地域になる」と語られました(Bain & Company × NielsenIQ、2025年12月)。世界の中間層増加の8割超をアジアが牽引し、消費者は若くデジタルネイティブ。APAC消費者の約8割がAI活用に前向きというデータも紹介されました。

具体的な数字で見ると、ASEAN10カ国は人口6.9億人(平均年齢30歳)と日本の約6倍の人口を抱えながら、GDPは約3.9兆ドルとほぼ日本と同規模、しかも成長率は+4.7%。EC市場は1,700億ドル・成長率+14%と、規模・成長率ともにすでに日本を上回っています。スーパーアプリ、ライブコマース、格安EC、クイックコマースといった直近のコマースの潮流は、いずれもアジア発で世界に広がったものです。一方で、国・宗教・民族・所得・言語・決済・物流事情は市場ごとに大きく異なります。この複雑性こそが高度なローカライズと高速な改善を促し、新しいサービスを生み出していることを表した「Retail Lab for the World」というフレーズは、APACが”学ぶ側”から”世界が学びに来る側”へ移ったことを象徴していました。

もう一つ、今回のセッションの特徴として、登壇企業の顔ぶれがあります。DFI Retail Group(香港・東南アジアで7-ElevenやIKEA等1万店超を展開)、SM Supermalls(フィリピンで99モールを運営、年間来館者約14億人)、Reliance(インド最大の小売グループ、小売売上約5.7兆円)など日本ではあまり知られていないものの、数千億〜数兆円規模でアジアに根差した大手企業ばかりで、「世界の実験場」の当事者たちの生の声が聞ける場でした。

Trend 1:Agentic Commerce——消費者接点が「検索窓」から「AIとの会話」へ

ほぼすべてのセッションで言及されたのがAI、なかでも今年最大のテーマがエージェンティックコマースです。消費者接点が検索窓やECサイトからAIエージェントとの会話に移り、比較・在庫確認・決済・購入後の対応までAIが担う体験へと日々進化している最中です。企業にとっての”棚”も、ECの商品一覧から、AIエージェントが提示する数件の推薦リストへ変わります。チャットのUIでは3〜4件程度しか提案されないため、「その数件に入れるか」の重要性が一気に増します。

注目の背景にあるのは、圧倒的なユーザー数の伸びです。ChatGPTの週間アクティブユーザーは8億人を超え(OpenAI、2025年10月)、GoogleのAIモードも1年でMAUが10億人を突破したとのことで、ECサイトへのAI経由トラフィックも急増しています(Adobeによればecサイトで前年比7〜13倍規模)。Amazonの買い物アシスタント「Rufus」は、2025年のブラックフライデーには全セッションの約38%で利用されるまでになりました。人が集まるところに商取引は生まれるという考えをすれば、チャットの中にコマースが組み込まれていくのは、必然の流れと言えます。

エージェンティックコマースには2つの要素があると私たちは整理しています。ひとつは「委託」ー1,000円以下の南米産ワインを毎月1本買っておいて、とAIに任せる自律購買ーで、もうひとつは「コンシェルジュ」—文脈や記憶を理解したAIによる、解像度の高い提案ーです。Stripeはこの進化を5段階で整理しています。Level 1は入力の代行、Level 2は状況や目的を汲んだ文脈理解、Level 3は好みの記憶、Level 4は予算だけ設定して検索から購入まで任せる委任、Level 5はスケジュールや嗜好を先読みして、頼まれる前に購入まで済ませる段階。現在地はLevel 1と2の間とされますが、購買が「自分で買う」から「承認する」、さらに「必要になる前に準備される」方向へ進んでいくことは自然の流れだと感じます。

プレイヤーの構図も整理しておきます。エージェンティックコマースの顧客接点は、ChatGPTやGeminiのような「汎用エージェント」と、EC・小売事業者が自社サイトやアプリで提供する「ブランドエージェント」の2つに大別されます。そしてこの両者をつなぐ通信規格が「プロトコル」です(大分意訳してますが)。Googleは「UCP(Universal Commerce Protocol)」で自社サイトをはじめとした商品情報を汎用エージェントが利用可能にする規格化を推進し、Shopify・Walmart・Target・Etsy・Wayfairらが創設パートナーに名を連ねます。AIとの会話内で決済まで完結するため、「ブランドが中抜きされるリスク」も各種セッションで議論されていました。

各社の動きも活発です。Amazonは自社アプリ内で他社商品まで購入できる「Buy for Me」を展開していますが、これは「お買い物の入口はAmazon」というポジションをより上流(汎用エージェント側)で取りに行く動きと読めます。さらにRufusを刷新した「Alexa for Shopping」でデバイス横断の音声コマースにも対応し、消費者向けエージェントコマースを強化しています。また、自社で培ったAI機能自体を他社へ外販することまで始めています(Agentic Shopping Assistant on AWS)。Googleは横断型の「Universal Cart」を発表し、価格が下がれば通知し、別々のサイトで買った商品同士の相性まで指摘してくれる「賢いカート」です。そしてGoogleもAmazon同様にAI機能自体をEC事業者が実装する支援を開始しました。事例としてはMacy’sがGoogleの支援で約1カ月で導入した「Ask Macy’s」があり、全身写真をアップロードするとコーディネートを提案してくれる機能がよく使われているそうです。その他、小売側のブランドエージェントも、Walmartの「Sparky」やRalph Laurenの「Ask Ralph」など一般化が進んでいます。エージェント構築は今後ますますECのUI進化のオプションになっていくと思われます。

消費者側の変化も鮮明です。Googleのセッションでは、AIによって「Super-empowered consumer(超能力を得た消費者)」が生まれていると表現されました。会話型検索により購買までの検討タッチポイントが増え、AIがユーザー理解を深めることで、より確信を持った購買につながる、と同時に、今まで知らなかった商品にも出会えるという”発見”の部分にも影響を与えているとのことでした。実際、AI経由で流入した顧客はコンバージョン率が高い(Similarwebの推計ではChatGPT経由のCVRは11.4%とオーガニック検索の約2倍)とされ、ECの集客構造そのものが変わり始めています。

ただし、すべての商材が一律にエージェント化するわけではありません。日用品の補充やB2B調達のような「結果重視・ロジックとの相性が良い」領域は自動取引が先行する一方、選ぶこと自体が楽しいファッションや旅行、意思決定が重い不動産や金融など高額商材はコンシェルジュ型で浸透していくといった様に、商材特性ごとのグラデーションを意識する必要がありそうです。

いずれにせよ小売企業には、外部のAIから見つけてもらうため商品データを整える「集客」対策と、自社接点で関係を深めるため会話型のUX設計の「接客」対策の両輪での進化が求められそうです。

Trend 2:AI-ready Infrastructure——「あなたの次の顧客はエージェント」

エージェンティックコマースに対応するのに重要なのは、商品名・画像・属性・価格・在庫・配送・会員・返品条件といった、地道なデータと業務基盤です。象徴的だったのが「SEOは見つけられ、AEOは答えになり、GEOは信頼され、ACO(Agentic Commerce Optimization)は実際に買ってもらうためのもの」というフレーズです。

このACOのセッションでは興味深いデータも示されました。AIへの質問は平均60語と検索キーワードよりはるかに詳細で、それだけ購入意欲が高く、結果としてLLM経由の流入は11.4%という高いコンバージョン率を誇るといいます。会話形式のFAQ整備や、口コミ・編集記事など第三者からの言及による信頼獲得といった「攻め」に加え、強調されていたのが在庫切れ・価格誤りを起こさない「守り」の重要性です。怖いのは、AIの回答間違い以上に、AIが「在庫あり」と案内したのに店頭になかった、価格が古かった等の”取引のエラー”です。エージェントが自律的に動くほど、データの不整合はそのまま顧客体験の事故になります。いろいろ述べてしまいましたが、これらテーマでのGoogleのセッションでの考えはシンプルで、「基本を正しく押さえること」、つまりは商品フィードの拡充、ファーストパーティデータの活用、そしてプロトコル対応とのことでした。

日本からは無印良品が登壇し、グローバル標準品と現地開発品の並立が生んだデータサイロを、商品データ管理システムの導入で「信頼できる唯一の情報源(SSoT)」に統合した事例を共有しました。セッションで語られたデータ資産30%削減・8万件以上の自動化・データ運用の80%高速化といった成果以上に印象的だったのは、「技術的課題よりも組織課題のほうが圧倒的に大きい」という率直な言葉でした。

オムニチャネルのセッションでも同じ構造が語られました。シンバポール最大級のリテール企業FairPriceのセッションでは、優れたオムニチャネルとは「顧客がチャネルを意識しなくなった状態」であり、個別具体的なチャネル施策というよりも、オンオフ共通のKPI・データとシステムの統合・店舗をフルフィルメント拠点と捉えるマインドセットなど、経営視点での組織横断で推進力を伴った「オペレーティングモデル」そのものだと述べられていました。AIが最適な商品を見つけて届ける時代には、近くの店舗在庫から即配できる能力が武器になるため、顧客データ・店舗接点・配送能力を併せ持つオムニチャネル事業者こそ、エージェンティックAI時代に有利だという議論が印象に残りました。

そのFairPriceが推進するのが、店舗を丸ごとAI化する「Store of Tomorrow」プログラムです。実際に昨年オープンした店舗では、スマートカートが売場までナビゲートし、商品をスキャンして入れるだけで決済まで完結する機能や、欠品をカメラで検知してスタッフに補充タスクを自動割当する仕組み、天候まで加味したAI需要予測による発注自動化が実装されています。「従業員体験は顧客体験を超えることはない」といったフレーズもあったのですが、AI活用の取り組みがすべて「顧客体験の向上」と「店舗スタッフの負担軽減」の両輪で設計されていることが印象的でした。

Trend 3:Human Premium Store——店舗の価値は人間的体験、AIは裏方

AIによる利便性が浸透するほど、逆側の価値も強調されます。つまり「ECで買えるだけなら店舗は不要。店舗は体験・文化・つながりの目的地になる」という考えです。従業員との会話、五感に働きかける空間、食、イベント、コミュニティなど「わざわざ行く理由」をどれだけ設計できるかが店舗投資のKPIになります。さらに店舗での体験はSNSで拡散されてECの集客まで動かすため、店舗は1店舗分の売上を超えた「メディア」としても再評価されていました。

資生堂は創業150年の歴史を振り返りながら、美容部員(ビューティーコンサルタント)を売上をつくる販売員ではなく「ブランド価値を伝える存在」と位置づけ、店舗で培った接客ノウハウをSNSやライブ配信など多様なチャネルで展開する「オムニビューティーコンサルタント」の取り組みを紹介しました。一度は店舗体験をデジタルに置き換えようとして失敗し、「売上拡大ではなく顧客との継続的なつながりの維持」へ役割を再定義したこと、外部インフルエンサーではなく実店舗経験を持つ自社従業員にこだわったことが、高いエンゲージメントにつながったといいます。「心に残ったのはテクノロジーではなく、自信を取り戻した人々の笑顔です」という中田社長の言葉が象徴的でした。

LVMHやKeringといったラグジュアリー勢に共通していたのは「テクノロジーは見えないところで使う」という哲学です。高級ブランドでは事前予約をして来店する顧客が売上の5割近くをつくるという調査もあり、過去の購買履歴やメモをAIが裏側で販売員に提示することで、初対面のスタッフでも一人ひとりに寄り添った接客ができるようにしているそうです。実際LVMHでは、全社生成AI基盤「MaIA」を4万人超の従業員が利用し、月200万件超の業務を処理しています。Keringも、Appleと共同開発した販売員向けアプリ「Luce」で在庫状況と顧客の購買履歴をリアルタイムに提示し、関連販売を底上げ。決済を「顧客との関係を中断させてはならない真実の瞬間」と再定義してAdyenと組み、約1年半で27市場・700店舗超・3,500端末の決済基盤を刷新して、販売員が顧客との対話に集中できる環境を整えました。「最高のテクノロジーは顧客が気づかないもの。摩擦を生むなら真のイノベーションではない」というKeringの言葉はテクノロジー活用の哲学を端的に表したフレーズでした。別の表現ではLVMHが用いた「Quiet Tech」という、テクノロジーは裏方(静か)というフレーズも印象的でした。共通していたの、販売員や職人が意思決定し、AIは情報探索と準備を高速化する、この役割分担こそがHuman Premiumの実装だと感じるセッションでした。

これはラグジュアリーだけの話ではありません。シャトレーゼは決済プラットフォームの導入により、購入の瞬間に新規かリピーターかを識別し(クレカの使用履歴により判断)、レジで「いつもありがとうございます」と一言添えるといった、スイーツのような高頻度の日常品でも、ラグジュアリーブランドのようなOne-to-Oneの顧客体験を目指していることがセッションで紹介されました。

フィリピン最大のモール運営会社SM Supermalls(年間来館者は約14億人!)は、来店動機を「体験」からさらに進めて、共通の関心で結ばれた「Tribe(部族)」の形成と表現していました。印象的だったのは「マクドナルドはどのモールにもあり、同じハンバーガーを出している。それでもうちのモールに来てもらう理由を、施設側がつくらなければならない」という例え話です。ペット愛好家向けのファッションショー、アニメファンのサミット、自閉症の子どものための感覚調整室まで、セグメントごとの企画で「そのモールに行く理由」をつくり込んでいます。「AIを奴隷にせよ、奴隷になるな」という同社会長の言葉の通り、体験創造の主役はあくまで人間で、AIは摩擦を減らす道具という位置づけでした。

Trend 4:Culture & IP Commerce——AIが買いやすくするほど、「なぜ欲しいか」は文化がつくる

AIは買いやすくしてくれます。しかし欲しくさせるのは、文化・物語・IP・コミュニティです。商品が溢れかえり、購買がAIで効率化されるほど、人は「なぜそれが欲しいのか」という感情の側に価値の源泉を求めるようになると思います。

なかでも面白かったのがAuthentic Brands Group(ABG)です。ReebokやChampionなど50超のブランドを保有するライセンシング企業で、自らは製造も販売もせず、150カ国のパートナーに商業化を委ねて年間320億ドル超の流通総額(約2.9万のショップインショップを含む)を生み出しています。従業員はわずか540人、しかも契約書レビューなどの業務にAIを全面活用し、アセットライトの極致のようなビジネスモデルです(昨年の登壇では利益率65%、契約業務の95%自動化といった数字も語られました)。彼らの買収哲学は「壊れたブランドではなく、壊れたビジネスモデルを持つ確立されたブランドを買う」というもので、そして再生の武器がエンタメです。ABGはReebokやベッカムのNetflixのドキュメンタリーを手がけており(私もNetflixでReebokのドキュメンタリーやベッカムのシリーズを視聴しましたが面白かったです!)、マリリン・モンローなどレガシーIPの再活性化まで手掛けています。ドラマのことを「これは、あなたが気づかないうちに見ている6話分のテレビCMなのです」という言葉が象徴的な様に、エンタメやストーリーテリングの活用が、リテール業界において益々重要になっているようです。また、「AIは魔法だが、人間は魔法使い」という言葉も、コンテンツ制作にAIを全面活用しても、物語の方向性と最終判断は人が握るという同社らしい表現でした。ABGのみならず、LVMHがエンタメ子会社「LVMH 22 Montaigne Entertainment」を設立(2024年)し、Kering創業家の投資会社が大手タレントエージェンシーCAAを買収する(2023年)など、ラグジュアリー大手も物語の内製化へ動いています。

タレント活用の考え方も進化しています。大谷翔平やLady Gagaのマネジメントで知られるCAAのセッションでは、ロゴを露出するだけの「バッジ付け」から、ブランドの物語を語る本物のストーリーテリングへの転換が語られました。スポーツ・音楽・食・ファッションが融合した現在のF1のように、文化そのものをプラットフォームと捉える発想です。「何が使えるか」ではなく「自社の戦略・狙う市場・伝えたい物語」から逆算して協業相手を選ぶべき、という指摘は、日本企業のタレント起用にもそのまま当てはまる論点だと感じます。

IPやスポーツといった感情的繋がりとは別に、ローカル文化・習慣に合わせた感情的価値の重要性も各所で語られました。
インド最大の小売グループRelianceは、ローカライズとは現地向け商品を作ることではなく「結婚式や祭りといった現地文化への共鳴」だと強調していました。同社は「インドは静的な市場ではなく、消費行動が劇的に変わり続けるムーブメントである」と表現し、短期的に店舗数を増やす「Scale」より、長く市場に留まり信頼を築く「Depth」を成功の鍵に挙げています。インドネシアでは、ありふれたフードコートを各地域の代表料理を集めた構成に変えることで「自分の故郷の味があそこにある」という親近感を生み、集客を復活させた事例も紹介されました。多民族・多文化のアジアだからこそ、文化的関連性が競争力に直結するという、アジアで事業展開するすべての企業に示唆のある論点です。

Trend 5:Commerce Media & Monetization——接点・データ・体験を収益化する

最後は、ここまでの4つで築いた顧客接点・データ・ノウハウをどう収益化するかという話です。小売事業者は営業利益率が一桁のことも多く、新たなる収益源を創出していくというテーマは米国でのNRFに続き我々として注目しています。

1月に開催されたNRFの話にはなりますが、米国のリテールメディア市場は約600億ドル規模ながらAmazonとWalmartで約9割を占め、しかもほぼEC面。購買の83%が実店舗で起きているのにメディアとしては1%以下ということで、この歪みが「Sleeping Giant(眠れる巨人)」と表現され、店舗メディアの伸びしろが語られました。Walmartでは広告と会員費を合わせた事業が四半期営業利益の約3分の1を占めるとされ(広告事業単体は全社売上の1%弱)、低い利益率になりやすい小売の収益構造へのインパクトは大きく、株価形成上も注力すべき、といった論調でした。

APACでのセッションではイオンのマレーシアにおけるJV「AEON360」が登壇し、小売×金融×会員データを統合した顧客基盤を、中小企業を含むパートナーに開放し「競争から協調へ」の構想をテーマにコマースメディアを推進していく取り組みを紹介していました。一般的なデモグラ情報を中心とした静的な「ワンカスタマービュー」ではなく、コンテキストやライフイベントなどを用いた動的な顧客理解を追求するAI時代ならではのコマースメディアの構築を志向していました。エージェンティックコマース時代では、分散した膨大な顧客接点をデータとして統合してビジネスとして昇華できる企業の価値は高まります。

マネタイズの選択肢はメディアだけではありません。自社ECに他社商品を出品させて手数料を得るマーケットプレイス化や会員サブスクリプション、そして自社開発システムの外販なども紹介されました。急成長メディアテーマとして紹介されたAIチャット内の広告枠「AIメディア」も含め、リテーラーのマネタイズ多層化があらゆる角度から議論されていました。

街から見えたこと:無人店舗の撤退と「勝ち業態」の選別

店舗視察で象徴的だったのは、昨年存在したセブンイレブンの完全無人店舗が今年は姿を消していたことです。26年1月に発表された米国Amazon Goの撤退と同様、「完全無人」は経済合理性と消費者ニーズのバランスが合わず、人×セルフレジのハイブリッドへの揺り戻しが起きています。一方でFairPriceのようにAIをフル活用しながら人の接客を強化する店舗は着実に進化しており、テクノロジーは「何を無くすか」ではなく「何に人を集中させるか」で使われ始めています。

日系企業の進出も興味深い局面にあります。1970〜90年代の百貨店(ヤオハン・伊勢丹・高島屋)から、2000年代のユニクロ・無印・ダイソー、2010年代の日本食チェーンやDON DON DONKI、そして現在はスシロー・ニトリ・ルミネといった顔ぶれへ変遷しており、約50年で4つのフェーズを経て、「日本の憧れ」から「現地の日常」へと役割が変わってきました。現在の主役は明確に「食」です。スシローは日本の倍近い価格でも連日賑わい(実は私も渡航前日にスシローで寿司を食べたのに、初日にまたスシローに行ってしまいました。味は日本と変わらずおいしかったです!)、ドンキも惣菜やレストランなど食を柱に拡大しています。ルミネがビームスやトゥモローランド、ユナイテッドアローズと「日本船団」で出店する一方、ニトリの一部店舗撤退など入れ替わりも激しく、勝ち業態の選別が進んでいる印象です。「日本ブランド」であるだけでは不十分で、商品単価を上げられる価値があるか、日本らしさを体験やエンターテインメントへ変換できているかが、成否を分けていた印象です。

商業施設側の進化も見どころでした。CapitaLandが運営する「Funan」は、館内に3階建てのボルダリングウォールや自転車が走り抜けるサイクリングレーンを備え、テナントミックスではなく建物の構造そのものへの投資で差別化する「体験プラットフォーム」型のモールで、また、フィリピン系、ミャンマー系、インド系と出身コミュニティごとに商業施設が分化し、扱う商品・テナントまで変わる(インド系はゴールドが目立つ、フィリピンは美容系が多い等)のは、まさに「文化が需要をつくる」の実例でした。

Innovators Showcase:スタートアップは5トレンドの”実装部隊”へ

スタートアップ展示「Innovators Showcase」には公式発表で35社(うち私たちが現地で確認できたのは25社ほど)が出展。AIエージェント時代の商品データ整備を担うPIM、ブランドの世界観に合わせた音楽を生成するWubble AI、インフルエンサーのデジタルツインでライブコマースを行うJohnsmith.aiなど、単発の便利ツールではなく、今回の5つのトレンドを実際に動かす”実装部隊”というべき顔ぶれでした。

個人的に最も注目したのは、店舗テック大手のWhaleが提供する、店舗スタッフのインカム音声と在庫データベースをつないだソリューションです。「このサイズのLありますか」とインカムに話しかけると、在庫データからその場で回答してくれる。現在は接客の録音を教育・評価に使う段階ですが、ゆくゆくはリアルタイムの接客支援へ進化していくはずで、「店舗内の音声×AI」は今後注目したい領域です。ほかにも、ネットと実店舗を横断して「卵はこのスーパー、パンはあの店」と会員属性まで踏まえた最安の買い方を提案する消費者向けアプリや、AIモデレーターが表情や声色まで解析しながらインタビューし、従来数週間かかった定性調査を1〜2日に短縮するCookiy AIなど、日本市場でも展開余地のありそうなスタートアップが並んでいました。

日本企業への示唆:AI導入ではなく、事業全体の再設計を

今回のイベントを通じて感じたのは、論点が「AIを導入するか」から「AIを前提に顧客接点・データ・店舗・人・収益モデルをどう組み直すか」へ移ったことです。整理すると、次の4つになります。

第一に、AIを新しい集客チャネルであると同時に、新しい”顧客”として捉えること。エージェントが理解・比較・取引できる商品・在庫・価格データを整え、主要プロトコルへの対応と自社ブランドエージェントの構築をECロードマップに組み込む段階に来ています。

第二に、データ整備をIT部門だけの仕事にしないこと。無印良品の事例が示す通り、最大の壁は組織です。部門横断で定義とKPIをそろえ、AIの取り組みは開始前に成功の定義を合意した上で事業責任者が主導する必要があります。

第三に、AIで生み出した時間を顧客価値へ再投資すること。販売員の対話、専門性、コミュニティ運営など、AIが代替しにくい価値へ人を移す。「従業員体験(EX)が顧客体験(CX)の上限を決める」という視点です。

第四に、「何を売るか」だけでなく「なぜ欲しくなるか」を設計すること。どの文化に参加し、どのコミュニティと関係を築き、どんな物語を共につくるのか。その上で、蓄積した接点・データ・ノウハウを広告・マーケットプレイス・会員・B2Bへつなぎ、収益を多層化していくといった具合に、5つのトレンドを一気通貫で捉えていく視点が求められるのだと思います。

まとめ:AIが購買を変え、人が価値を高め、文化が需要をつくる

5つのトレンドは互いに独立したものではなく、一つの経営アジェンダとしてつながっています。AIだけを導入しても、商品・在庫データが整っていなければ機能しない。データを整えても、店舗に行く理由やブランドを欲しくなる理由がなければ選ばれない。接点・データ・体験をつくっても、収益モデルに接続しなければ事業として続かない、だからこそ、データ基盤という土台を固めつつ、人と店舗にしか生めない体験、そして「なぜ欲しいのか」に答える文化・物語への投資が、これからの小売の差別化軸になると感じたイベントでした。AIか人か、オンラインか店舗かという二者択一ではなく、テクノロジーを見えない基盤にしながら、人間性と文化を前面に出す企業が強くなる、それが「The Next Now」の解釈なのだと私は思います。

我々New Commerce Venturesとしても、ここで述べたトレンドを推進するスタートアップへの投資・支援と、事業会社のオープンイノベーション支援を通じて、業界全体のアップデートに貢献していきたいと思います!

今後もコマース領域の国内外トレンドを調査・発信していきます。視察レポートの全編や個別セッションの詳細にご関心のある方は、お気軽にお問い合わせください!

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大久保洸平
大久保洸平
一般社団法人日本オムニチャネル協会監事。 東京工業大学大学院(技術経営専攻)卒業後、ヤフー株式会社に入社。Yahoo!ショッピングにて、出店企業へのコンサル営業、サービスEC事業立上げ、広告企画の業務に従事。またCSO(Chief Strategy Officer)室にて調査業務も担当。2017年よりYJキャピタル(現Z Venture Capital)に参画。コマース領域を中心としたスタートアップ支援に注力。2022年にNew Commerce Venturesを設立。

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