こんにちは。New Commerce Venturesの大久保です。
2025年1月12日〜14日にニューヨークで開催された世界最大級の小売業界展示会「NRF 2025: Retail’s Big Show」内の全キーノートを含む35セッションに参加してきたのですが、本記事はそこで語られていたトピックの概要を7つのテーマに分けてご紹介します。
なお、2月26日に開催する『NRF 2025 視察報告会』では、本記事のセッション概要に加えて、展示エリアで出会った注目スタートアップ事例やニューヨーク店舗視察レポートと合わせてリテール最前線のトレンドをご紹介しますので、奮ってご参加ください。
▼『NRF 2025 視察報告会』申込みフォーム
https://ncd7.peatix.com/view
「NRF 2025: Retail’s Big Show」は、毎年開催されているリテール業界最大級のイベントであり最新トレンドを一望できるイベントとして注目されています。今年は、やはりAIが注目を集め、Co-Pilot AI、Agentic AI、Physical AIなど多岐にわたる話題が取り上げられていました。一方で、AI時代だからこそ、人間らしさを活かすアプローチ、AIとヒトの協働について多く語られている点も印象的でした。他にも、ECと店舗間での顧客情報、商品情報、在庫情報の統合管理によるハイパーパーソナライズなユーザー体験の提供、店舗の存在意義の再定義、ソーシャルコマースの普及、リユース・レンタルといったサステナブル消費の進化など、多岐にわたるテーマが議論されていました。
ここでは、NRFのセッションで紹介された事例を中心に、7つのテーマに沿ってご紹介します。
AIが人の業務を支援Co-Pilot AIに加えAIがバックオフィス業務をほぼ代行する“Agentic AI”と、ロボットを制御して物理的作業をこなす“Physical AI”が紹介されました。Walmartは従業員向けアプリ「Me@Walmart」にジェネレーティブAIを導入し、夜間シフト編成や在庫問い合わせなどを自動化しているそうです。Tailored Brands(メンズアパレル会社)も需要予測AIを活用し、在庫最適化や価格設定をAIエージェントに任せ、人間は最終承認するだけのフローを試し始めたとのことです。こうした“Co-Pilot”を超えて“代行”するAIが普及すれば、今後5~10年でバックオフィスの多くが自動化される可能性があるという議論が多くなされました。
一方、Physical AIは、リアル店舗や倉庫での単調作業をロボットが担う形を表します。Walmartは店舗での電子棚ラベル導入や清掃をロボットに任せる試験を進め、Amazonは倉庫のピッキング作業をロボットで自動化している事例をセッションで紹介。NVIDIAやLowe’sの取り組みでは、デジタルツインを使ってロボットの導線の最適化や、理想的な店舗レイアウトを実店舗に反映する取り組みが語られました。AIによる自動化は“コスト削減”だけが目的ではなく、スタッフに時間が生まれ、店舗でのコミュニティ運営や顧客対応に注力しやすくする点も強調されているシーンが多かったです。
AIが業務効率を高めるほど、店舗スタッフや従業員への投資が重要になるという意見は、Walmart、Target、Best Buy、Starbucksなどの大手企業から一貫して示されました。WalmartはDallasエリアの“テスト店舗”で新技術を導入し、その都度スタッフが学習し使い勝手をフィードバックする仕組みを作っており、「スタッフが自分たちの働きやすさを作る実感」を得られる仕組みづくりに工夫をしているとのことでした。TargetもCare / Growth / Winning Togetherという価値観を従業員に浸透させ、AIツールの学習プログラムを提供しながら、自発的に知識を共有する文化を根付かせているといいます。Best Buyもスタッフのキャリア形成とデジタル研修を連動し、多岐にわたる経験を積みやすくする制度を整備。Starbucksもデジタルプラットフォームへの移行を進めつつ、従業員が学習しやすい環境を用意し、スタッフが“人間だからこそできる接客”に集中できるよう支援しているとのことでした。
NRFの討論では「AIが単純業務を担うほど、スタッフはコミュニケーションやサービス品質でこそ差を作れる」という意見が多く、店舗スタッフの育成が経営課題として浮上していると語られていました。Foot LockerのストライパーがイベントやSNS対応に力を注いだり、SephoraのビューティアドバイザーがARメイクツールと組み合わせて接客の質を高めたりするなど、AIで業務負荷が減った結果、“人間ならでは”の仕事が増える事例が多数示唆されました。そして、各企業が従業員のことを重視していることを表しているように特徴的な呼称で呼んでいるのも印象的でした。
ECと店舗を統合するオムニチャネルはさらに進み、“ハイパーパーソナライズ”によって顧客一人ひとりのニーズに合わせる動きが加速しています。Amazonは「Amazon Live」の視聴履歴と店舗在庫を連携し、ユーザーがライブ配信で見たアイテムをリアル店舗でも素早く試せるようにする構想を説明。Best Buyはオンラインカート情報を店頭POSで参照でき、スタッフが来店者の興味や検討品を瞬時に把握できる仕組みを強化しています。Macy’sは大規模改革「Bold New Chapter」の一環でECと店頭のデータ統合を進め、顧客の購買履歴や在庫を連動した“ハイパーパーソナライゼーション”の接客を目指しているとセッションで言及されました。
飲食店の領域でも、Compass Group+Kraft Heinzのセッションでは、予約や注文データを在庫(食材)システムと連動し、来店者の好みに合わせたメニューを事前に提案する動きが出てきています。顧客のアレルギー情報や過去のオーダー履歴をAIが学習し、材料の廃棄を最小化しながら“これが好きでは?”という候補メニューをレコメンドできる仕組みです。こうした事例はフードサービスやレストランにもAIとデータが本格的に入っていく兆しであり、幅広い領域でのオムニチャネル×ハイパーパーソナライズの動きがあると感じました。
ECやライブコマースが発展に伴い、リアル店舗は“ブランド体験の中心”として再評価されています。Foot LockerはNY 34th Street店をReimagined Storeとして刷新し、イベントやSNS映えを意識した空間を作りを意識。SephoraはARメイクツールを導入しつつ、ビューティアドバイザーが対面で最終的な提案をするモデルで顧客満足度を上げていると紹介していました。Levi’sも店頭のデニムフィッティング体験を強化し、オンラインとシームレスにつないで“自分にぴったりの一本”を簡単に見つけられる取り組みを加速させています。
LululemonやDisneyは、“企業の世界観をリアル店舗で体感できるようにする”という点を特に重視しているようです。Lululemonはヨガクラスや健康イベントを店舗で展開し、ウェアを買うだけでなくコミュニティの一員になれる価値を訴求。Disneyはパークとグッズ販売を連携し、インクルーシブデザインや地域支援などの要素も取り入れ、ファンの共感を高めています。NRFではこうした「体験やコミュニティ」に焦点を当てた店舗が、AI時代の差別化に有効という意見が多く語られました。
ショート動画やライブ配信で商品を紹介し、その場で購入できるソーシャルコマースがZ/α世代に浸透しています。H&MはTikTok LiveでコラボTシャツを一瞬で完売させた例をNRFで披露し、Wayfairは家具のライブ提案で高CVRと低返品率を得るなどの成功事例を紹介していました。ライブ配信中に在庫や値段を即時切り替える仕組みも進化しており、「リアルタイムで視聴者の質問に答え、購買を促す流れが自然に回る」のが大きな利点とされています。
さらに、Robloxなどでデジタルグッズを販売するケースが活発化している点もNRFで取り上げられ、H&MやAmazonなどがバーチャルアイテム連動を検討中という話がありました。リアルTシャツを購入すればアバターにも同じデザインが付与されるなど、フルファネルで顧客体験を広げる試みが「Z/α世代との接点を強化する一つの手段」として注目度が高まっています。
サステナブルな視点から、中古やレンタルを積極的に取り入れる“リユース・リコマース”モデルが拡大している点も、NRFで語られていました。Rent the Runway (RTR)は高級ブランドをレンタルし、気に入ったユーザーが新品を正規購入するパターンを数多く生み出しており、ブランド側も新しい顧客接点を得られると好評です。Lululemonはヨガウェアの中古回収「Like New」を進め、環境配慮とお得感で若年層の支持を拡大。H&Mは古着回収やリサイクルをPRすることで、“ファストファッションでもサステナブル路線を打ち出せば支持される”とのデータを紹介していました。NordstromやDisneyもコミュニティイベントと絡めて中古を循環させる企画を検討しているといい、リユースやリコマースは一過性のブームでなく定着していく取り組みだと改めて感じました。
最後に、NRFセッションで多く語られたのが企業全体のパーパスやブランド戦略を明確にして“組織を一つにまとめる”という視点です。Macy’sが「Bold New Chapter」でオムニチャネル化や店舗リニューアルに挑みながら、“Macy’sとしてこれからどんな価値を提供するのか”を社員と共有することで、改装や業務フロー変更の当事者意識を高めていると紹介されました。Nordstromは創業以来の顧客中心主義を軸にしながら、新収益源(リテールメディアなど)を展開し、社員が混乱せずに進めるように社内研修を強化しているといいます。BurberryやTommy Hilfigerなどのラグジュアリーブランドも、伝統あるブランドイメージを再定義しつつ、サステナビリティや新しい顧客層とのつながりをどう作るかに注力しています。
StarbucksやLevi’sでは、社員が企業理念に共感し、自分の役割を理解したうえでデジタル化や在庫最適化に協力する体制を築いています。NRFでは「企業としてどの方向を目指すのかが定まっていれば、新テクノロジー導入時にもスタッフのモチベーションが高まりやすい」という見解が何度も出ました。AIが作業を大きく変える時代だからこそパーパスやブランドといった会社の”ノーススター”が重要であり、社員・顧客の行動指針となるという話が印象的でした。
NRFのセッションを7つのテーマに分けて見てみると、Agentic/Physical AIによるオペレーションの変化が進む一方で、店舗スタッフの育成や企業のパーパス経営がより重視され、店舗はコミュニティ体験の場として進化し、ソーシャルコマースやリユースがZ/α世代から支持を得るといったトレンドが読み取れました。AIが業務を代替するほど、人間が担う“高付加価値の業務”や“ブランド体験の創造”が差別化要因になるという意見が、各セッションで繰り返し出ていたのが印象的でした。
日本でも、こうした潮流を取り入れてテクノロジー活用と人間らしい接客を同時に追求する企業が、今後のリテール市場で存在感を高められると思われます。AI導入で仕事が楽になりつつ、スタッフがコミュニティを盛り上げ、企業のパーパスを軸に顧客との信頼関係を強化するシナリオを描くことの重要性が増していきそうです。総じて「AIが主役になるのではなく、人間がAIを活かして顧客と深くつながる未来」が見られると感じました。
以上、本記事では、セッション概要を中心に執筆しましたが、2月26日に開催する『NRF 2025 視察報告会』では、本記事のセッション概要に加えて、展示エリアで出会った注目スタートアップ事例やニューヨーク店舗視察レポートと合わせてリテール最前線のトレンドをご紹介しますので、是非お越しください!
▼『NRF 2025 視察報告会』申込みフォーム
https://ncd7.peatix.com/view
本記事の内容について、または、資金調達、オープンイノベーションのご相談等もお気軽にご連絡ください。またNew Commerce Venturesで作成しているレポートも公開しておりますので、よろしければご覧ください!
▼X
https://twitter.com/Koheei_Okubo
▼コマース領域の注目スタートアップ事例集「Commerce Startup Funding 2024」
https://newcommerce.ventures/news/2080/
▼2025年の注目トレンドをまとめたレポート「Commerce Market Trend 2025」
https://newcommerce.ventures/news/2094/